ヒッチハイク番組を見ていて思い出した重要なこと
- 2015/08/20
- 23:25
http://uhisoku.blog.fc2.com/blog-entry-661.htmlヒッチハイク番組を見ていて思い出した重要なこと

電波少年という番組が昔ありましたよね。
その中で有名なコーナーとして知られるのが
元猿岩石 有吉・森脇の2人組によるユーラシア横断ヒッチハイク。
1998年とかその頃に放送されていたものだと記憶してるので
自分は当時小学1〜2年生くらいでしょうか。
今人気の有吉さんは当時22歳とかだったらしいです。
多分当時もTVで見てたんですが、全然記憶にはないんですよね。
ちょっと番組を見返す機会があり、いろいろと思うことがあったので書いてみます。
TVも今より無茶をできた時代
ヤラセとか番組の裏側的な部分が多少あったとしても、
ドキュメンタリーとして、ガチな部分としても、かなりの危険はあったはず。
その理由に、イランやパキスタンなど、かなり危険な国も横断しています。
あの時代だからこそ、無名の新人芸人だったからこそできた番組なのでしょう。
ヒッチハイクの過酷さと"極限状態"
ヒッチハイクの車を止めるために何時間、時には何日も費やし、
お金がないから基本的には野宿。風呂もトイレもない状態。
VISAを得るため、生きるため、食べるためにアルバイトを求めて人を当たりまくる。
こういったシーンがほぼ大半を占める。
「ヒッチハイクをしている外国人2人組」という物珍しさがあったからこそ、
アルバイトとして受け入れてくれるところも多少はあったのかもしれません。
それでも貧しい国ではそれで必死にやって1日500円とかというレベル。
ただ、働くついでに泊まるところや食事や風呂などが確保できた、というのは非常に大きかったと思います。
もはや恥も外聞もなく、生きるか死ぬかというレベル。
こういう極限状態で初めて見える境地があります。
TVでやれたのはラッキー
確かに、最悪のケースも数%は考えられたはず。
実際留置所に入れられたり、スリに遭ったりもしていますからね。
それでも、最悪のケースが起きた場合、番組の責任にできます。
ギブアップという選択肢だって用意されていました。
明確なゴールがあり、それをドキュメントとして上手に編集し、TVのゴールデンで放送する。
そりゃ実際の辛さはやってみないとわからないにしろ、
仮にやりたい人を応募したら、相当な倍率になることくらいはわかりますよね。
帰ってきた後のブレイクはみなさんもご存知の通りです。
これによって2人はしばらく時の人となりました。
自発的に真似ても同じようにはなれない
同じように有名になりたいと思っても、そうはいかないでしょう。
自発的にヒッチハイクをするのと番組の企画でヒッチハイクするのではまるで別モンです。
責任は全て自分だし、ギブアップなんて選択肢はない。
家族がいれば最悪の状態になればお金を送金してもらうこともできたかもしれないが
言葉の壁だってある。英語が通じない国だってあるわけです。
そしてそれは、誰かが応援してくれる、というものでもない。
安直に真似るのは危険すぎるということは、肝に銘じておくべきかもしれません。
筆者が単身渡米していた頃の話
アメリカを一人で放浪していたことがあります。
放浪とは言っても、ロサンゼルスという基本的に裕福な街を拠点にしていたし、
期間は1ヶ月と決めていて、その間、車はレンタルしていた。
LAは日本人が多いので、ネットで日本人のコミュニティを探し、突撃した。
びびなびという、外国で日本人同士が繋がれるサイトがあるのだ。
実際にネットを介して人のコミュニティに入るにはとても勇気が必要だったが、
そこであう人々は、相手が謎の若者にもかかわらず、皆親切だった。
住む場所は数日で何ドルという契約で、3〜4件くらい転々とした。
お金はそれなりに用意していたし、家族だって心配してくれていたので
野宿やアルバイトということはしなかった。
PCがあったのは本当に幸いだったし、日本人のコミュニティがあるというのも大きかった。
それでも1人で不安な時はたくさんあったけれど。
ある意味でまともな神経じゃいれないから、どんどんコミュニティに参加していった。
おかげでLAではほぼ毎日遊ぶ仲間ができたし、今でも連絡を取り合う人がいます。
我々にとってのヒッチハイク
私の人生ではLA放浪の1ヶ月というのは大きなイベントだったが
それだって最低限のお金・車・PCがあって成り立ったものだった。
いく場所や行動、最悪のケースも含めて、「周到に用意をして臨む。」
これが普通。
「食べるお金・寝泊りするお金すらない」という状態がいかにありえないか。
とはいえ何も決めずに1ヶ月見知らぬ土地にいたので、
極限の閉塞感やそれに近いものを味わうことはありました。
ただ、アルバイトだってしてみたかったし、外国人だらけの場所だろうが、どんな条件だろうが、
もう1段階くらい、「恥も外聞も捨てて行動する」ということがあってもよかったなぁと今では思います。
旅ができる人間でいることの重要性
さすがに限度はあるし、
現実的には仕事、家族、お金、と何段階にも障壁はあるでしょう。
旅というのは本当の旅じゃなくても、仕事でも目標に対してでもいい。
明確なゴールを決めて、なりふり構わずがむしゃらに突き進む。
言い訳無用の極限状態。
とにかく、こういう状態が大事だなぁと思うわけです。
まとめ:改めて、今の日本での生活を考えてみる
「なりふり構わないがむしゃらさというか、あれこれ言ってられない状態。」
そういう、生きる上で大事なことを思い出した気がしました。
何もあのヒッチハイクと同じようなことはしなくてもよいし、したい人はすればいいのだけれど、
何も考えずに突っ走ってしまってそれで最悪のケースになったとしても、ただのバカと言われても仕方ない。
それでもその行動力を私は尊敬しますけど。
とにかく、自発的な必死さをどこに向けるかということ。
それでいて、自分のケツを叩いてくれるような"絶対的ななにか"を見つけること。
今の生活で誰もが、自分なりにそういうプチ極限状態を見つけ出す!
それができそうもなければ、旅に出るしかない(笑)
というわけで、あの過酷な旅が今の2人を作っているのは間違いないでしょうね。
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